岩手県のリアス式で有名な三陸海岸のど真ん中「山田町」にある
山田町観光協会の公式ブログ(vol.2)です。
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2016年03月13日

田の浜 小田の御所跡 その2

2月24日にトライした田の浜の小田の御所跡探索、その2です。

3月9日曇り。
今回はⅯ氏とS氏が同行、心強い!
旧参道入口付近でS氏「館だね」。
(@_@)

「山を削って土をこっち側に流して…」と仰った場所↓
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素人目には何がどうなってるのかわかりません。

館【たて】とは…今更ですが簡単に説明すると
「東北地方では、周囲に堀や土塁を巡らした防御施設を持つ遺跡」。
山田町内に数カ所あります。追々紹介していく予定です。

「ここが切通し。上見たら尾根が繋がってるでしょ」
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昔、人は戦っていました。
このような狭いところにおびき寄せ、上から石など落としていたのでしょう。


磯石と二つの宝珠印塔があるといわれる二の郭で付近へ。

この辺りかなあ〜と捜すと顔を出した石が一個見えるばかり。

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もしや…と落ち葉でフカフカの足元を探ってみましたら出ました。

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石が円を描くように並べてありました。
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写真ではわかりずらいですね。

そして2基あるという宝珠印塔は

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そこから2mほど離れたところにありました。
文字が彫られている石だけが露出しており、辺りを探ったところ全体を見つけることができました。
バラバラになってますね…老木が倒れた時に宝珠印塔も巻き込んだものと思われます。

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「納 御所大明神」

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「糠森屋佐兵衛 神切丸和助 坂本屋徳○(石碑が欠けているため不明)」

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山田町史に記載されていた通り、石と宝珠印塔を見つけることができました。

S氏から館の詳細な説明を聞きつつ帰路についたのでした。


さて、宝珠印塔は二つあったはずです。

「田の浜の小田の御所跡探索その3」につづく!


(千)
posted by 山田町観光協会 at 16:42| Comment(2) | 史跡

2016年02月24日

田の浜 小田の御所跡

山田町には「城館跡」と呼ばれる場所がいくつかあります。

今は木々に覆われ「普通の山」として私たちの目に映っています。
その中の一つ、田の浜の小田の御所跡という場所に石灯籠があると聞き、行ってみました。

荒神社へ向かう旧道に入ります。

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沢に沿って登っていきます。風で飛ばされてきたであろうゴミが…

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御所跡付近を探索。
倒木と藪でなかなか見つからず、諦めかけたその時

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石灯籠ありましたーーー
正確には宝珠印塔です。

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「文化八未年七月十二日」(1811年)

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「小田之御所海上恩」

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上部の相輪が落ちていました。
台座もよく見ると数センチずれています。
数年後倒れてしまわないでしょうか。

後で調べてみましたらこの場所は三の郭らしく、二の郭には磯石と二つの宝珠印塔があるということです。
主郭の中央にも8個の磯石があるらしいのですが、今回見つけられませんでした。
後日再トライしたいと思います。

この御所に移り住んだのは南北朝時代、北畠氏一族であると伝えられています。


(千)

posted by 山田町観光協会 at 14:24| Comment(2) | 史跡

2016年01月19日

伝作鼻の神社

雪の降る数日前、境田町の伝作鼻には神社があると聞いてとことこ行ってきました。
(実際はえっちらこっちら急斜面の昇り降り顔-キモカワ_m.gif

津波で破壊されていると聞きました。頑張って登ってみます。

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自分の背丈より高い笹藪をかき分け進み、
見つけました目

鳥居?

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奉 昭和十二年…

鳥居の真ん中が抜け落ちています。

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離れて全体を撮りたいのですが、笹藪で見えなくなるのでこれが精いっぱい。

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津波と倒木で全体が破壊されていました。


この神社の名前は「岩越神社」といいます。
大浦郷土史研究会によると、山田町史(中巻)に「定置網経営岩越組漁業部は昭和三年(1928)ごろから戦後同二十二年ごろまで山田町を基地とした。千馬ヶ崎(伝作鼻)に岩越神社を昭和十二年創建」とあるそうです。

平成12年の写真ありました。こちら。
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津波前に倒木により中心部が破壊、無事だった狛犬や灯籠は2011年の津波で破壊されてしまいました。

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下からも見ることができました。
伝作鼻付近は工事のため立ち入りできない所もあります。ご注意ください。

(千)


posted by 山田町観光協会 at 15:35| Comment(0) | 史跡

2015年12月04日

川向T遺跡発掘調査現地説明会

11月20日、「川向T遺跡発掘調査現地説明会」が行われました。

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川向T遺跡は今から1300年〜1400年前の遺跡で、狭い尾根の上にあります。
場所は大沢第2地割、「やまだ観光物産館とっと」の近く。

竪穴住居跡1棟、工房跡1棟、住居状遺構1棟、土抗14基が確認されました。

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山田町教育委員会生涯学習課課長挨拶後、一列になって現場まで登ります。

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雨が降った後で、柔らかい土が泥となり足元がつるめるつるめる。
気をつけて上がっていきます。

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上から見下ろすとこんな感じ

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一番高いところにある竪穴住居跡、一辺が6.8mの正方形のようです。
足場が狭く、全体を見下ろせるように写真に撮れませんでした(>_<)
全体図の広いところになります。

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尾根に沿って下の方にあるのが工房跡。
右側が少し削れていて、これは昭和30年ごろ旧大沢中学校(現在の山田消防署)を建設する際に一部が削られたものと思われます。

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子鍛冶炉(こかじろ)、壁溝、柱穴、土抗が見つかっています。

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竪穴式住居跡と工房跡の間にある住居状遺構

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出土した遺物を展示していました。

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鉄鉗(てつはし)

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鉄製馬具の引手と鏡板、刀子

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鍛造剥片と貝殻片

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砥石と鉄滓(てっさい)

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土師器(はじき)、羽口(はぐち)


小鍛冶の作業風景を絵にしたもの

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二人一組になって鉄製品を作っていたと思われます。

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調査終了後は高さ半分程に削られ避難所が建設される予定です。

(千)
posted by 山田町観光協会 at 11:10| Comment(0) | 史跡

2015年08月26日

上豊間根の道標

ここ数日前位から夜になると太鼓の音が聞こえるようになりました。八幡鹿舞がお祭りの練習を始めているようです。いよいよお祭りの季節になりましたねるんるん

さて、山田には織笠の絵入り道標の他にも5つあるとのことで、先日、上豊間根にある道標を見つけてきました。場所は、豊間根の宝珠院の近くになります。
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隣には一部破損しているようですが、馬頭観音の石碑もありました。
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文字が薄れていますが「右ハ宮古道 左ハ甲子」と書かれているようです。
この碑は昭和50年代、この地区の水道工事の際に掘り出されたものだそうです。(山田町史参照)
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甲子は、集落の方たちのための山道だそうです。宮古方面を目指す旅人さんたちのために建てられたものなのでしょうか…
いつ誰が建てられたものかはわかりませんが、昔は今よりも目印がなかったでしょうから、宮古方面を目指す方にとってはありがたいものだったでしょうねぴかぴか(新しい)
(福)
posted by 山田町観光協会 at 15:45| Comment(2) | 史跡