岩手県のリアス式で有名な三陸海岸のど真ん中「山田町」にある
山田町観光協会の公式ブログ(vol.2)です。
山田の観光情報、おすすめスポット、旬の話題、復興状況など
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2017年02月21日

大沢の八幡宮

2月の晴れた日、大沢上条の八幡宮に行ってきました。

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周囲の道路や宅地は整備され、所々家屋が建設中の大沢地区。

八幡宮の入口
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鳥居左側にある石碑
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「早池峰神社 巌手山神社 紫波稲荷神社」1876年

人1人が通れるくらいの狭く急な階段をのぼると
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八幡宮本殿です。

「山田町史」によると「宝暦十年(1760)宝教院により勧請、建立された」とあります。
祭日は旧四月十五日です。

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気が付かなかったのですが、回り込んでみたら柱の後ろに鐘がありました。

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本殿に向かって左側にある三重塔。

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狛犬さんは独特なお顔をしていらっしゃいました。

(千)
posted by 山田町観光協会 at 11:02| Comment(0) | 史跡

2017年02月07日

鞭牛碑「橋供養」碑

こちらでは何度か紹介しています牧庵鞭牛和尚さま。
約300年ほど前、閉伊街道などの道づくりに生涯を尽くしたお坊様です。

山田町には鞭牛碑が9つあるといわれています。
船越半島の大網
大沢袴田(2基)
荒川穴乳山洞窟
船越山の内(2基)
織笠新田
三本小松
織笠川端

先日、織笠川端にあるという「橋供養碑」を訪ねていってみました。
震災で倒れたと聞き「もう移動されてないのでは」と思い込んでいたため確認が今頃になったのですが…

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石碑群は1基が無事な状態のままそこにありました。

橋供養碑もありましたexclamation

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明和(1767)四亥四月十日、協力者である善治郎さんの名前が刻まれているといいますが…わかりますか。

この場所は元は織笠河川敷公園として整備されてました。
石碑群はコンクリートの土台の上に建っていたのですが津波の勢いで倒されたり折られたりしたようです。

他の石碑
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金毘羅神社

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金毘羅供養塔

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奉書妙典一字一石一禮

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梵字 湯殿山

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念仏供養塔

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奉納四国西国神社仏閣拝禮塔

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卍 南無阿弥陀仏

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船流供養塔(裏返し)

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早池峰山 巖鷲山 志和稲荷

この石碑群は全部で13基あり、1基が現状、2基が横転、8基が折損、2基が不明となっています。

山田の鞭牛碑、残すところ船越半島の大網(おあみ)だけとなりました。
今年度中に到達できるのか!?こうご期待。

(千)
posted by 山田町観光協会 at 14:39| Comment(0) | 史跡

2016年10月03日

船越上館 古碑を訪ねて

何度かお伝えした船越御所跡。

諏訪神社から西に位置する場所に船越上館(たて)があります。
そこには文字のない古碑がひっそりと佇んでいるといいます。

ということで行ってきました。
船越御所跡を辿る今までは(田の浜御所跡、本城跡)倒木や藪に進路を邪魔されてようやくたどり着いたものでしたが、今回は

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道があり階段があり

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草も刈り取られて整備されていました。

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横から

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後ろから

この古碑には文字がありません。
風化して消えてしまったのかはじめからないのか…。

「山田町史上巻」にはこう書かれています。
「船越上館は国鉄船越駅の南、船越上台の海岸段丘の上にあって、主郭とその下に段階状に二段の郭が作られ、詰の城との間は大きな空堀で作られている。
この空堀後には、大槌方面に向かう旧浜街道が通っていたが、いまは国鉄山田線と、国道45号線が敷詰められ一部が完全に破壊されてしまった。詰の城は、屹立した旧段丘の先端を削って、三重、あるいは四重の帯郭をめぐらし、空堀で切って砦を造り、背後の尾根からの侵入を防いでいる」(宮古地方の中世史「古城物語」より)


誰が何の理由でここに建てたのでしょう。歴史のロマンですね。

船越上館
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国土地理院地図より


(千)
posted by 山田町観光協会 at 15:29| Comment(0) | 史跡

2016年06月15日

天明碑

織笠の馬指野の奥にある「矢立の滝」に向かう途中にあるという「天明碑」。先月、矢立の滝を見に行ったときは見つけられませんでしたが、一足先に発見した師匠に先日連れていっていただきました!

先月と同じ場所なのにだいぶ雰囲気が変わっていました。
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オランダ街道も先月は桜の花びらロードだったのが、この1カ月ほどでさらに、緑がモリモリしていました。この趣のある道に来るたびにタイムスリップしたかのような気分になりますぴかぴか(新しい)
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オランダ街道からまもなく行くと、この間は目にしなかった石碑が!
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先月は笹に隠れて見つけられなかったと、師匠が周辺をこそっとお手入れしていました。
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「天明年間・劔當了襌定門・百五十年期供養」とあるようです。この街道で亡くなった旅人を供養するために建てられたと言われているそうです。供養碑と聞くと切ない気持ちになりましたが、歴史を感じる貴重な財産ですね。
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と、師匠との旅はまだ続くのですが、ちょっと長くなりそうなのでまた次回お伝えしたいと思います(#^^#)

(福)


posted by 山田町観光協会 at 15:00| Comment(0) | 史跡

2016年05月30日

田の浜 大海嘯石碑

山田町に数基ある津波(海嘯)石碑。

田の浜にある石碑は昭和津波後昭和9年に建てられました。

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2011年の東日本大震災で倒れ、そのままになっているようです。

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大海嘯記念
一 大地震の後には津波が来る
一 地震があったら高い所へ集れ
一 津波に追われたら何処でもここくらいの高い所へのぼれ
一 遠くへ逃げては津波に追いつかれる、近くの高い所を用意しておけ
一 県指定の住宅適地より低い所へ家を建てるな

裏側には
昭和八年三月三日午前二時三十分上下に動揺する強震あり。続いて三時頃より大音響とともに大津浪の襲来あり。浪の高さ10m、三時十分頃最も被害あり。被害戸数船越区、流失23戸、半壊1戸、使者3名、田の浜地区、流失183戸、半壊2戸、床上浸水11戸、使者2名、大浦区、流失5戸、半壊14戸、床上浸水16戸なり。本碑は東京朝日新聞社へ寄託の義援金二十余万円を罹災町村へ分配したる残金をもって建てたものなり。


このような海嘯記念碑は教訓型といわれます。
船越駅北と大浦にある記念碑にも同文が記してあるそうです。


(千)
posted by 山田町観光協会 at 15:52| Comment(0) | 史跡