岩手県のリアス式で有名な三陸海岸のど真ん中「山田町」にある
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2013年07月16日

畠中遺跡@

7月13日、畠中遺跡の発掘調査説明会がありました。
畠中遺跡は船越半島の大浦地区の遺跡です。
年代としては縄文時代後期(約4000前)、縄文時代晩期(約3000年前)、そして古代(1300〜1200年ほど前)の跡が見つかったそうです。
すぐ隣には中世城館の大浦城館があります。
大浦の避難道路を作るにあたり、急きょ発掘調査が行われました。

天気はあいにくの小雨でしたが、たくさんの人が集まりました。
予定より人が多かったため、遺跡と出土品と2手に分かれての見学です。
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まずは発掘調査の順序を説明していただきました。
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ただやみくもに掘るのではなく、荒掘りや実測など、手順を踏まえて掘っていくのだそうです。
白線でなぞっているのが古代の跡、それ以外の穴は縄文晩期で、右奥の方に縄文後期の土器捨て場です。

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こちらは炭窯の跡です。
高温で炭を燃やして焼けた赤黒い土、付近から鉄滓、炉壁、フイゴの羽口も出てきました。
山田では古代に鉄を作っていたのですが、船越半島の大浦でも作っていたと考えられる跡が出てきたのは初めてなのだそうです。

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こちらは建物の柱跡です。
先ほどの炭窯のすぐ隣に、一辺2.1mのほぼ正方形の建物があったと思われます。

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こちらは縄文後期、4000年くらい前の時代の土器捨て場と考えられる場所です。
向こう側に立つと分かるのですが、ここから山田湾が一望できます。

この捨て場から土器や石器、土偶などがたくさん出てきました。
ヒスイのペンダントが出てきたのもここです。
捨て場と言っても、感覚としては私たちのゴミ捨て場ではなく、土に還す、大事にされているような感じなのだそうです。

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探してみると土の断面には土器がちらほらと顔を出していました。

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長くなりましたので1度ここで切ります。

こういった遺跡の、高台でかつ海が一望できる場所の選定に、昔の人たちの知恵を感じ、改めて驚きます。
明日は出土品編(中央にある茶色いプレハブ内)です。(^_^)/
(和)
posted by 山田町観光協会 at 09:51| Comment(4) | 史跡